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元帥閣下に彼は心酔していたか

「ノゾミカナエタマエ」において、少女の死を孤独の重圧に耐えかねての自殺と考えた青年は、死んだ少女の口を借り望みを喋らせ、周りを火の海にして満足する。
けれども、青年が自殺と考えているだけで、事実は足を滑らせた故の事故だったのだ、あくまで。

ここで反抗的な解釈を一つ。「親よりギルトールを選んだ」「ギルトールに心酔していた」云々はあくまでラングが息子を見て言った感想にすぎず、マイヨが自分で宣言したわけではない。

理想国家に個人崇拝はない、と思う。マイヨにとっては元帥第一ではなくて理想国家たる帝国第一ではないのか。元帥が悲しんでいるとか、元帥と心が共にあるという台詞は、あくまで国のトップが元帥であり、尊敬できる人だから尊重するというだけで、決して個人的憧憬ではないと思う。
※いや個人的憧憬が全くないってわけではないよ。毛沢東しかりホーチミンしかり、そういう指導者はいましたからなぁ。

元帥の死があっけなかったのは、マイヨが元帥が老いたことから目を逸らしていたとも確かに取れるが、元々個人としての元帥にはそれ程思い入れ(思いやり)がなかった可能性をも示唆すると思う。

私の取り方も含め、あなたの解釈も先輩方の受け取り方も全てが正解である。否定するつもりはない。誤解しないでね、すみません。

ただ、元一人の運動家として、指導者が好きだから国も好きだ、ではなくて、理想を体現した国がまず先にあり、その指導者が清廉だから認めるという順序が正しい気がするのです。
※ただし理想国家至上主義者は時折個人崇拝に傾きすぎて失敗しがちだし、個人崇拝しないとまとまれない。

社長が好きか、会社の理念が好きか、に言い換えてみれば、分かるかな?

というのも、私は国家に仕えているのであって上司の配下であるつもりはない、と知人が実際に言ったからである(爆)。


ドラグナーは多分ありふれた話である。
だから周りのごくありふれた話に照らし合わせて、自分はあくまで普通の解釈をしようと思っている。
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[ 2012年03月31日 16:19 ] カテゴリ:思い・考え | TB(0) | CM(0)
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