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イリスの投げた林檎

必要性があり、心理療法士氏にマイヨ視点からのドラグナーの粗筋を語ったところ、マイヨが主人公と心理療法士氏は見事に誤解した(爆)。微かに喜びを感じつつも、いえ彼は実を言うと主人公ではないのですと弁明せざるを得なかった。でもマイヨが主人公で通る話だって素人さんで証明できたぞ(爆)。

今の話で私をイタタさんだとする評価は丁重に返品する。別段必要性が無ければ自分から話すつもりはないからである、ましてそちら方面の教養が無い方に。

やや聖書風にいえば、いずれにせよ大尉殿は、人に頼らず自分の足で歩けと仰ったわけなのです。こう言った大尉殿が、国家にせよ元帥にせよに依存していたのか、もししていたならそのことに自身で気付いていたのかどうか、それはちょっと興味深い。

自分にとってマジドラグナーがバイブルになってるかもしれない(w 違うのは聖書が遠い昔の話で、ドラグナーが近い将来起こるかもしれないことだってことだ。

この話をマイヨの話として見れば、未来を確信していたのに未来に(親きょうだいに、頼りにし尊敬していた人たちに、支持者を名乗る若い人たちに、理想像としての国家に)裏切られ、絶望の中小さな答えを得つつ、一人で違う未来を探し始める青年の話、に見えなくもないかなと思うのです。

小説では「未来が壊れる音がした」で終わっている。確かに一つの理想としての未来は壊れてしまった。だがそれでも他の未来があるじゃないか。たとえ小さくて理想に満たない未来でも。

いつしか納得のいかない、若い時に考えていたのとは随分違う未来を選択しているかもしれない。けれども、それで理想実現の叶わなかった自分を責めるなら、鬱になる。違う未来の良さに気付けたと思えばいいじゃない。理想なんて実現できない、できてもそれが素晴らしいか分かんない。

土曜日に「藪の中」を読んで、ちょっとだけ考えが変わった。犯人はお前だ!から登場人物の心情まで、皆が違った感想を言えるのは、そしてそれを読むのは、面白い。

皆、自分はこの人をどんな人物だと思うか、また実際に起こったのはどういうことだったか、を、理屈と想像と情緒を駆使して述べている。罵倒や押し付けがない限りその対話は楽しいものだ。

単なる作品への感想。しかしそれを通して、その人の人間観や人生観が垣間見られ、面白いと思う。女は卑怯なのだと言う人から、全員保身のために嘘をついている、等。

キャラクターや話の語りについては正解はなく、むしろ「藪の中」同様に多数の正解があるのではないかと思えてきた。経験則含め、何を根拠としてそう思うか、各人が引いてくるものはそれぞれ違って、だからこそ成る程と思って面白い。

「美しきクリシェに背を向けて」の、口さえ切る尖った言葉ってのが印象的だった。人は時々そういう言葉で喋る必要があんのかも。

自分には自分の根拠がある。たとえ内的根拠だとしても……。だから、「附属物」等の意見を装っての暴言や、徒党を組んでの荒らし・押し付け行為もある程度までは気にしないことが重要かもしれない。忍諾ではなく。
だって自分らには自分らなりの、そう思う理由があるから。架空の世界と人物を論じている以上、相手とどっちが信頼性が上かなんてどっこいでしかない。

押し付け・荒らしを行う人は、自分が多数派でありたい願望に囚われているだけなのだ、とも思う。だから同ベクトルの人を何人か集め複数で他人を挑発し、他人の語る場に押し掛ける。

だが多数派と少数派とは認識と実際は逆だったりする。ちょうどボリシェビキが少数派だったように(爆)。多数派でなければ不安な人もいれば、少数・異端に価値を見出だす人もいる。多数だから良いという単純な話でもない。

小学校からこの方多数決の論理に敗北しつつもそれに勝る「まとめ」の方法は見いだせずにいる。確かに論証してどちらが正しいかを決める方法もある。だが素朴な意見を封殺するのでないか。

成る程これは単なるアニメだった。でもガンダム以上に人は何故争わされるか分かるアニメだった気がする(爆)。いわば初めのストーリー展開上不可欠のD兵器盗難が、イリスの投げた林檎だったわけだ。作中人物にとっても、うちらにとっても。

ただやはり箱アイやbotに関しては、自分が発言して後すぐのことだったので、真似されたもしくは抜け駆けされた思いが強い。でも敵が技術で抜きん出たからといって、開発合戦など当たり前の話なのはアニメ見ていれば分かる(笑)。

技術(テクニックでなく、テクノロジー)で上回る相手には、魂や質での対抗しかできないのもアニメと同じである。だから、自分も頑張らないと(爆)。

美しきクリシェに背を向けて
聖飢魔Ⅱ(世紀末)は色あせない。
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[ 2012年04月02日 08:03 ] カテゴリ:思い・考え | TB(0) | CM(0)
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